<%@LANGUAGE="JAVASCRIPT" CODEPAGE="65001"%> 衆議院議員 荒井さとし
過去の国会活動
政策立案も、実現力も、荒井さとし!
■2009年 フル充電完了!
■2007年 北海道知事選に出馬(981,994票で次点)
約100万人が期待してくれた。これは大変なコトです。
何としても国政に届けなければならない声を多く託されました。
■2006年足アイコン足アイコン 民主党国対委員長代理
衆・議院運営委員会筆頭理事として、国会運営の最前線で指揮。
がん対策基本法のスピード成立に大きく貢献     実績1
300議席の巨大与党を向こうに、共謀罪成立を阻止! 実績2
■2005年 衆・沖縄北方問題特別委員長
北方領土問題には、北海道知事室長時代からの深い縁アリ。
■2004年足アイコン 菅代表(当時)とともに国連、バチカン、北欧での野党外交を展開。
以来、日本の外交基軸は、紛争調停におくべきだと主張。
民主党NC環境大臣
「PSE法議員懇談会」会長として家電リサイクルを促進、法改正へ 実績3
■2003年~足アイコン足アイコン 民主党役員室長として、菅代表(当時)のブレーン役に。
国政史上初となるマニフェスト選挙導入を提唱し、実行。 実績4
農政のプロとして、民主党に体系的な農業政策の必要性を提起。
党内に「農林漁業再生本部」を立ち上げ、現・所得補償制度へ結実。 実績5
■2002年足アイコン 郵政事業プロジェクトチーム座長として、
「郵政公社化法案」の取りまとめ  実績6
公社化後、検証も不十分なまま民営化に踏み切った小泉郵政改革により、 いま地方の簡易郵便局がどんどん閉鎖されています。抜本的に見直す!
■2001年足アイコン 民主党年金プロジェクト座長
確定拠出型年金401Kを取りまとめる。 実績7
国民年金・厚生年金・共済年金が一体運営されていないことによる弊害から、 いち早く「年金一元化」構想を試案。政権交代してからが腕の見せどころ!
■2000年 96年総選挙で落選。この年、北海道3区から2期目の当選を果たし国政復帰。
■1996年足アイコン 介護地獄が社会問題化、介護保険法創設の必要性を強く訴え、法文起案。実績8
民主党結党に参加(10月)
■1995年足アイコン 新党さきがけ政調副会長として、菅直人政調会長とともに自社さ政権の中枢で活躍。
念願だった地方分権推進法の成立にこぎつける。 実績9
さきがけ党内から薬害エイズ問題の解決をサポート。
■1993年 地方行政の限界を感じる。「地方を変えるには、国の根幹システムを変えなければ」
日本新党から初当選し、7会派連立の細川政権で日本新党代表幹事として奔走。
■1992年 YOSAKOIソーラン祭り初開催。知事室長として創設を応援しました。
■1991年足アイコン 北海道知事室長
横路知事の全権代理として、崩壊直前のソ連に渡航。
北方四島ビザなし渡航実現。 実績10
調印後、ロシア女性から友好の証として贈られた青リンゴを思い出します。
領土問題はまた難しい局面に入りましたが、必ず打開局面も巡ってくるはず。
■1979年足アイコン スリランカ大使館に一等書記官として赴任。
独立直後の国の創成期を目の当たりにし、「国にも自主独立の精神が必要だ」と 感じたことが、後に政治の道を志すことになるきっかけでした。
日本からのODA(政府開発プロジェクト)を担当。 実績11
党内では数少ない外交経験者です。
■1970年 東大農学部卒業、農林水産省入省
農水省時代は、なかでも農村環境整備(農村の維持、集落排水や景観・国土保全)を専門とし、土地改良法改正や農地法改正にも関わる。また里山の保存などに寄与する中山間地振興法の素地を作り上げた。