これまで実行委員会の勉強会で僕は、学生実行委員会の諸君に
君たちのする仕事について
「ひとつに前任者の仕事をしっかりと覚え受け継ぐこと。
そして、時代を先取り自分で工夫して前任者の一歩先を行くこと。
最後に、後任に引き継ぐこと」の大切さを訴えてきました。
そんな矢先、第5回目に転機が訪れたんです。
参加チ−ムが100を越え、運営の厳しさに学生たちは悲鳴をあげたんです。
その時実行委員長になったのが早稲田大学2年生長男の荒井優です。
当初、実行委員長になることに私は反対していました。
当時「YOSAKOIソーラン祭り」を私物化していると中傷されていた時期だけに神経質になっていたんですが、「親父の手助けでできたこの祭り、誰か馬鹿がいなきゃ壊れる」息子の決意を知ると認めざるを得なかったのです。
「ならば、この祭りを全国に広めていくこと」。
東京の学生が委員長としてやる大義が必要であることを伝えました。
それから彼は東北、名古屋、福岡、神戸、高知、京都、大阪と精力的に全国行脚し、第5回の祭りには高知大学が参加してくれることになったのです。
そして第7回には、東北、名古屋、大阪、広島の学生たちが全国にヨサコイを展開しようと札幌の合宿に参加しました。
その時講師として僕は「どうしたら祭りを作れるか?学生たちのあるべき姿は?」と同時に「自ら祭りで汗を流し踊ってみろ」と発破をかけました。
すると彼らは満面の笑みで踊りに参加し「わかりました」と帰ったんです。きっと“楽しいことは分け与えたい”という思いが息づいたんだと思います。
そして今年、仙台、大阪など全国各地で「YOSAKOI」が発足しました。あの時の種が芽をだしたのです。
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